さて、突然ですが皆さんは、海賊と聞くとどのようなものを想像するでしょうか。
今では様々なコンテンツで海賊が登場しており、ワンピースや、パイレーツ・オブ・カリビアンのジャック•スパローを想像する方も多いかもしれません。
今回は、そんな海賊たちを経済学の観点から考察したという、とても面白い書籍があったので紹介します。
それがこちら。
『海賊の経済学』と言う本。
こちらは、アメリカのジョージ・メイソン大学の教授であるピーター・T・リーソン氏が書かれたものになります。
ざっくりと全体の内容を言うと、「海賊たちが徹底的に利潤を追求したら、当時では考えられないほど時代を先取りした、民主主義的かつ平和主義、なおかつ人種差別のない平等な集団が出来上がった」みたいな感じになります。
それを経済学の用語や考え方を交えながら紹介されていて、個人的にはとても面白かったです。
今回は、そんな著者の方の主張を、できるだけ経済学用語を用いずにざっくりとまとめて紹介したいと思います。
当時の海賊たちはこんなだった
アニメ『ONE PIECE』の冒頭に「世はまさに大海賊時代!」というナレーションがありますよね。
耳に聞き慣れたこの言葉ですが、ヨーロッパにも大海賊時代呼ばれる時代があり、それはおおよそ18世紀初期、1716年から1726年の十年間でした。
黒ヒゲ(ブラックビアド)、バーソロミュー・ロバーツといった、どこかで聞いたことがあるような有名な海賊たちが暴れ回っていた時代ですね。
当時の海賊の総数は、おおよそ1000人〜2000人程度。
これだけを聞くと「そんなもんか」と思うかもしれませんが、同時期のイギリス王立海軍の人員が平均13000名程度だったことを考えると、その15%にも達しているわけです。
また、1790年のアメリカでの国勢調査では、人口2500名を超える街は24ヶ所しかなかったというデータもあります。
今ほど人口も多くなかった時代に、海賊たちのこの人数というのは非常に多かったと言えます。
海賊船の乗組員についても、我々の想像より多いです。
麦わら海賊団は10名以下ですが、ヨーロッパ大海賊時代の一隻の平均乗組員数は80名でした。
100人を超える海賊団もいくつかあり、サミュエル・ベラミー船長の船の乗組員は約200人、「アン女王の復讐号」に乗船していた黒ヒゲの船員はなんと300名を超えていました。
対して、当時の平均的な200トン商船の乗組員は、たった13〜17名でした。
これでは襲われたらひとたまりもないのは明らかでしょう。
さらには船員が乗り切らない場合は船隊を組むこともあり、たとえば前述のバーソロミュー・ロバーツ船長は4隻計508名の海賊たちを率いていました。
海賊の平均年齢は28.2歳で、データに残る中で一番若い海賊は14歳、最年長は50歳でした。しかし、ほとんどは20代半ばの男たちだったとのことです。
ちなみに、データの中では女海賊というのは4名しか確認されていません。
そんな海賊たちですが、彼らの大半はルフィと違い、子どもの頃から海賊に憧れて、望んで海賊となったというわけではありませんでした。
彼らのほとんどは元船乗りで、合法な仕事に従事していました。
例えばスペイン王位継承戦争のような戦時下では、私掠船に乗って合法的に略奪行為をすることもできましたが、平和な中で船乗りが合法的に働くには、大きく分けて2つしかありませんでした。
それが、王立海軍に志願することと、商船に雇われること。
しかし、王立海軍もスペイン王位継承戦争の最中は5万人近く雇っていたものの、それが終わると13500人以下となり、他は解雇されてしまいます。
商船はというと、後述しますが非常に薄給で待遇も劣悪な場合が多くありました。
平和になり、働き口を失った元私掠船乗組員や元海軍の船乗りたちが、そのスキルを活かせる海賊になったというわけです。
海賊になるメリットってあったの?
平和な時代を生きる我々からすると、「いくら働き口がないからといって、犯罪に手を染めるのは………」と思ってしまいます。
しかし、海賊になることには、そのリスクに見合ってあまりあるだけのメリットがありました。
その一番が、なんといっても「お金」です。
ほとんど唯一の働き口である商船の乗組員の平均年収は15〜35ポンド、ドル換算にして4000ドルから8800ドル程度でした。
それに対し、海賊になって高価な貨物を積載した獲物を捕らえると、ヒラの海賊船員でも一回で一人につき1000ポンドを手にできることがありました。
当時の商船の乗組員の実に40年分の賃金にあたります。
中には一度に一人あたり4000ポンドも稼いだ例もあり、大きな山を当てればそれ一回で引退できてしまうという夢がありました。
さらに、海賊になると、商船とは比べ物にならないほどの福利厚生が待っています。
商船は基本的に船長からその下の士官、船員まで全員金持ちたちに雇われています。
その中で、金持ちたちは指揮系統を全て、信用できる船長に一任していました。
そうなると、起こってきたのが職権の濫用です。
仕事の割り振りや食料配給、賃金支払い、船員たちの統率まで全て船長が全て管理下に置くことができ、さらには航海中は金持ちたちの目もないため、船長は文字通り好き放題にすることができました。
配給品をガメることはざらにあり、それで飢えて不快になった乗組員を、規律の徹底のために懲罰することもままありました。
海賊たちの多くはそんな商船の乗組員を経験していることもあり、商船の船長をひどく嫌い、同時に平等を重んじ、海賊船内の福利厚生を高めることとなりました。
次の項からは、そんな海賊たちの組織について紹介していきます。
海賊は当時最先端の民主主義組織だった?
『パイレーツオブカリビアン』のジャック・スパロウ船長は、船長の任を下ろされて無人島に置き去りにされましたが、そういったことは実際にありました。
というのも、当時の海賊の船長というものは、基本的に一人一票の投票制で決められていました。
海賊たちは商船の船長たちを恨み抜いていましたが、その一方で、率いるものがいなければただの烏合の衆となることもよくわかっていました。
戦時中等、緊急性を要する際に果敢な決断ができる船長が必要でした。
しかし、商船の船長然り、誰かに権力を与えてしまうと、職権を濫用して好き放題にしてしまう恐れがあります。
権威が必要だけれど、権威を導入するとその権力を濫用される恐れがある。
政治経済学者はこれを「権力のパラドックス」と呼んでいるそうです。
そのため海賊たちは一人一票の投票という、非常に民主的な形で船長を決めました。
もしも船長が職権を濫用したり、戦闘中に誤った指示をした場合には、容赦なく船長の任から下され、時にジャック・スパロウのように無人島に置き去りにされました。
そのため、海賊の船長は商船のそれのように横暴なことができませんでした。
さらに、海賊たちは船長の職権の濫用が起こらないよう、権限を分割させました。
それが、「クォーターマスター」という役職です。これも、船長と同じく投票制で選ばれます。
「クォーターマスター」の役割は、支給品の割り当てや掠奪品の選定と分配、さらには船員たちの紛争仲裁や懲罰に関する権限も与えられていました。
一方で、海賊の船長は、「戦闘時に海賊たちを率いる」以上の権力が与えられませんでした。
さらに、商船の船長とは扱いがまるで異なり、海賊の船長は食事も船員たちとほとんど同じで、ときには
これが、民主主義の組織を生み出しているわけです。
荒くれものたちの憲法「海賊の掟」
荒くれ者で粗暴なイメージのある海賊たちですが、実は彼らには固有の憲法が存在し、皆それに則って生活をしていました。
いわゆる「海賊の掟」と呼ばれるものです。
それは海賊団によって個別に設定されており、「船室でタバコを吸ってはならない」という火事を防ぐための日常に関するものから、「誰も略奪したものを自分の懐に入れてはならない」という略奪品の分配に関するものまであらゆる幅で記されていました。
一例として、かのバーソロミュー・ロバーツ船長の船内の「海賊の掟」を引用します。
I 万人はそのときの事項について投票権がある。いかなる時点においても、新鮮な糧食や強い酒について平等な権利を有し、それを好きに利用して良い。ただし総量が不足していて、万人の利益のため、 消費量の制限が投票で定められた場合を除く。
Ⅱ 万人は、 報償の授与にあたり一覧に載った順番で公平に呼ばれ、衣服の着替えを認められるが故に(本来の取り分を超えたもの)を与えられる。しかしその者が一同を、貴金属、財、宝石や金銭の形で欺いたる場合には、その罰は無人島置き去りである。窃盗が海賊個人同士の間に限られている場合は、罪ある側の者の耳や鼻を切ったうえで、岸に置き去りにするだけで十分とされた。 その場合には無人島に置き去りにするのではなく、どこか確実につらい目に遭うであろう土地に置き去りにする。
Ⅲ 何人たりとも金をかけてトランプやサイコロ博打をしてはならない。
IV 照明やロウソクは夜八時に消すものとする。 船員の誰かがその時間以降にまだ飲み続けたいと望むのであれば、甲板で行うべし。
V 武器、ピストル、舶刀はきれいでいつでも使用可能にしておくこと。
一同の中に少年や女性は認められない。何者かが女性を誘惑し、 仮装させて海に連れ出したことが判明したら、死罪とする。
VII 船から逃亡したり、戦闘中に持ち場を離れたりすれば、死罪または無人島置き去りの罰を与える。
VIII 船上では殴り合いは禁じる。 何人たりとも争いは岸で、剣と拳銃をもって解決するものとする。
IX 各人が一〇〇〇ポンド手にするまでは、何人たりともこの生き様を辞める話をしてはならない。これを実現するにあたり、職務において腕や脚を失ったり、障害を得たりした場合には、公共のストックから八〇〇ドルを受け取り、それ以下の傷害についてはその度合いに応じた金額を受け取るものとする。
X 船長とクォーターマスターは獲物の取り分二人分を受け取る。 主甲板長と砲手は一人半分、他の士官は一人と四分の一 (その他全員は一人分)。
XI 楽士たちは安息日には休息を与えられるが他の六日六晩には、特別の許しがなければ休みは与えられない。
ピーター・T・リーソン『海賊の経済学』
この条文の中には、船員間のトラブルを最小限にするものや、怪我の後遺症に対する福利厚生に関するものなどが含まれており、この文面だけでもその生活が想像できます。
あなおそろしき海賊ブランドのロゴ「ジョリーロジャー」
海賊船が商船を襲うには、熟練した技術と策が必要でした。
多くの海賊船は掠奪した元商船でしたが、それに速度と敏捷性を上げる改造が施されているため、並の商船よりはずっと速く進むことができました。
しかし、全速力で突進したら早々に海賊だとバレて早逃げされる恐れがあり、また風下より風上の船の方が進むのに有利なため、地の利も得ながら近づく必要がありました。
そのため、海賊船はさも商船に興味がないように振る舞って風上を進みつつ、近づいたところで一気に襲いかかるという方法をとっていました。
(一例では、重い樽や貨物を積載してスピードをあえて落としつつ商船を装い、近づいてきたところで樽や貨物を捨てて一気に近づく、等々)
そんな海賊の奇襲に際して、商船側が取れる対応は2つ。
大人しく投降して金品を差し出すか、海賊たちと戦うかです。
その時に、かの海賊旗「ジョリーロジャー」が非常に役に立ちました。
ジョリーロジャーとは、髑髏の裏にぶっちがいの骨が描かれた、誰もが想像できるあの海賊旗です。
商船の乗組員たちにとって戦うことは非常にリスクのあることでしたが、それは海賊たちにとっても同じです。
海賊たちの怪我もそうですし、船が損傷すればコストがとんでもなくかかります。
それに、戦わずして乗っ取ることができれば、相手の商船自体を無傷で得られるメリットもあり、できれば平和的に相手が投降してもらえることがベストなわけです。
そうなるように、海賊たちは抵抗してきた商船を打ち負かすと、抵抗した船員に対して、あらゆる残虐な方法で拷問を行いました。
(気分を害するほど残虐なので、気になる方は本著をお読みください)
そして、あえて商船の乗組員を数人生かすことで、陸地に帰った後それを喧伝させることにより、海賊たちの残虐で無慈悲なイメージを人々に植え付けました。
いわゆる一つのブランディング戦略ですね。
そして、その海賊たちのブランドのロゴとなるのが、かのジョリーロジャーなわけです。
最初国の商船を装い国旗をつけていた海賊船が、十分に近づけた途端、旗をジョリーロジャーに替えて商船に横付けします。
そうした時、商船側は海賊の戦おうとせず自ら投降するのです。
この海賊旗のブランド効果は凄まじく、ある記録によると、たった5人しか乗組員のいない海賊船が、海賊旗を見せただけで戦うことなく投降させることに成功したこともあったようです。
海賊たちには奴隷や黒人差別もほとんどなかった?
海賊というと、『ONE PIECE』のアルビダ海賊団で働かされていたコビーのように、商船から無理やり引っ張ってきて奴隷のように働かせるというイメージがあったりします。
しかしながら、著者によると、どうやら海賊の中で強制徴用は滅多に行われなかったようです。
というのも、強制徴用を行なった船員が多くなると、反乱が起こって船を乗っ取られ、法廷に突き出される恐れがあったためですね。
(実際にそうなった例もあるようです)
それに、上記の海賊の掟にも書かれていたように、戦利品についてはほとんど平等に分配されます。
そのため、仲間が100人で分配していたところが110人になったところで、ヒラの船員の一人当たりの利益は一割も減りません。
そのため、強制徴用を行うよりも仲間に引き入れた方が得なわけです。
ただ、例外はありました。
それが専門的な知識を持った優れた航海士や大工、医者、武器職人、音楽家、樽職人といった高い技能を持つ船員です。
樽職人は意外かもしれませんが、当時食料の鮮度を保ったまま保管できる優れた樽を作れる職人は重宝されていました。
また、船員となれば、人種を問わず黒人であっても平等に権利が与えられました。
これは、奴隷制度がまだイギリスやアメリカにも残っていた当時としては画期的と言えるでしょう。
これは海賊たちが平等主義者というわけではなく、理屈は強制徴用と同じです。
例えば、奴隷制の蔓延っていた当時のアメリカの農園では、奴隷に賃金を支払わなければ、農園主がその利益を総取りすることができます。
しかし、海賊船では利益が平等に分配されるため、仲間にしても奴隷にしても、一人当たりの利潤にさほど影響がありません。
それならば、仲間にして懸命に働いてもらい、利益を増やす方が得策なわけですね。
終わりに
いかがだったでしょうか。
私自身は、海賊についての知識が深まると共に、海賊のイメージが結構変わりました。
ちなみに、著者のリーソン氏がこれを書いたのは若干32歳とのことで、当時付き合っていた彼女にこの本の冒頭でプロポーズをしています。
無事結婚できていることを願うばかりです。
また、この本自体それなりに文量はあるものの、非常に読みやすくわかりやすい書かれ方がされているので、興味がある方は手に取ってみてはいかがでしょうか。
それではまたー。